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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1586号 判決

控訴人(原告) 五十嵐リン

被控訴人(被告) 兵庫県知事

主文

本件控訴は、これを棄却する。

被控訴人が昭和三二年八月三〇日控訴人に対してなした公衆浴場営業許可申請に対する不許可処分の取消を求める控訴人の訴は、これを却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決はこれを取消す。被控訴人が昭和三二年八月三〇日控訴人に対してなした昭和三二年五月二三日付控訴人申請の姫路市山野井六二番地における公衆浴場営業許可申請に対する不許可処分は無効であることを確認する。もし右請求が許されないとすれば、右不許可処分は、これを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、つぎに記載するもののほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

控訴代理人は、

(一)  控訴人は、昭和三二年五月一六日山野井湯の前経営者祐尾清次よりその浴場の敷地建物を買受け、同年同月二三日被控訴人に対し公衆浴場営業の許可申請をなしたのであるが、祐尾の廃業後右許可申請までわずか五〇日を経過したに過ぎず、その間に兵庫県公衆浴場法基準条例第二条の裁量の条件たる事実に変動はなかつた。元来倉敷湯は、明治三四年公衆浴場営業の警察許可を得て以来現在まで約六〇年間、山野井湯は明治二七年より前営業者祐尾清次まで六三年間、いずれも数人の経営者の交替があつたが、引続き営業がなされたものである。このように同一地域に二個の公衆浴場が慣習的に存在し、各自浴場経営の結果相当の利益を得、また衛生上国民の利用するところとなつた浴場は、前経営者が廃業しても、新経営者の営業許可申請があれば、その間五〇日の間隙があつたとしても、公益上特に有害である理由のない限り、許可せらるべきであり、被控訴人は、前記条例第二条但書を適用すべき拘束を受けるものであるから、不許可処分は違法である。

(二)  倉敷湯経営者である株式会社倉敷旅館は元来旅館業で、所謂温泉旅館と称するものであつたが、昭和三一年一月五日附で公衆浴場営業許可申請をなし、同年二月一日これに対する許可処分がなされた。倉敷湯と山野井湯との直線距離は一三五米で、前記条例第二条所定の二二〇米以下であるが、被控訴人は両浴場間の「土地の状況、人口の密度、その他公衆衛生上適当」である事実を認定し同条但書の裁量によつて右許可処分をなしたものである。また被控訴人は本訴係属中である昭和三四年一〇月一二日兵環第六一四五号を以て倉敷湯に対して更に営業許可処分をなした。控訴人の本件申請と倉敷湯の右申請とは、前記条例第二条但書の裁量の前提となるべき事実および条件が同一であるのに、被控訴人は倉敷湯に対しては裁量によつてこれに許可処分をなし、控訴人に対しては裁量をもちいないで不許可処分をしたこととなるが、これはなんら正当の理由なく、倉敷湯と山野井湯あるいは控訴人とを差別して取扱つたもので、平等の原則、公平の原則に反し、裁量権の濫用であつて違法であるが、その違法は憲法の条項に反し重大明白であるから、本件不許可処分は無効である。

(三)  控訴人が本件不許可処分のなされたことを知つたのは昭和三二年一一月一五日であつて、厚生大臣宛の訴願を処分庁たる被控訴人に提出したのは昭和三三年一月二一日で訴願期間内であつた。厚生大臣は訴願期間を徒過しているとの理由で控訴人の訴願を却下したがもちろん違法無効の裁決であつて、控訴人は訴を以て適法に本件不許可処分の取消を求め得るのである。

(四)  仮に本件不許可処分が昭和三一年一一月一五日以前に控訴人に郵送されたとしても、不許可処分の理由その他訴願の原因たる事実につき証拠を蒐集するについて困難な事情があつたから、期限を宥恕さるべき正当の理由があつたもので、訴願は適法であつたから、(三)と同様適法に訴により本件不許可処分の取消を求めることができる。

と述べた。

(証拠省略)

被控訴代理人は、

(一)  倉敷湯の火災により損傷した部分は、釜湯および浴室の可燃部分および脱衣場の天井の一部であつて、損傷は浴場施設として、その同一性を害せずして修理が可能な程度であつた。たとえ公衆浴場の営業許可がいわゆる対物許可であるとしても、右の程度の焼損により直ちにその許可が失効すると解することは、厳格に失するものであり、許可を受けている者の立場からいえば、その権利を不安定にするうらみがあり、法の予定するところではない。

(二)  本件不許可処分は倉敷湯(訴外株式会社倉敷旅館経営)の営業許可申請に対する許可処分に比し、差別的取扱であるとする主張はあたらない。すなわち

(1)  控訴人が本件営業許可申請により設置しようとした公衆浴場施設の所在土地上には、公衆浴場法施行以前の古くから山野井湯という名称で公衆浴場が存在しており、その最後の営業者および浴場建物、附属施設ならびにその敷地の所有者は訴外祐尾清次であり、同人は前主から営業の譲渡を受け、昭和二八年七月二九日営業許可を受けていた。ところが山野井湯の近傍には、これまた古くから倉敷湯および白山湯(本件不許可処分当時の営業者は右祐尾清次)が存在し、三者は添附図面のような関係において近接していたので、三者とも利用者数少く、殊に山野井湯の経営は振わず、設備も老朽化していた。そこで訴外祐尾清次は山野井湯を廃業することに決し、昭和三二年三月三一日限り廃業する旨の届書を同年四月一日附をもつて姫路保健所を経由して被控訴人あて提出し同浴場を閉鎖した。

(2)  右祐尾は同年四月二〇日前記旧山野井湯の建物、敷地および附属物件を、これを公衆浴場に用いないことを条件として訴外辰己達治に代金八〇〇、〇〇〇円で売渡したが、その際建物の附属物のうち、タンクおよび更衣箱は特に売買の目的物より除外した。なおその後祐尾は同年七月一九日、浴場施設たる煙突は売却していないという理由で、これを自ら破壊した。右売買物件は同年五月一六日辰己より更に訴外五十嵐三郎に転売されたが、同月二三日附を以て、控訴人から被控訴人に対し、本件公衆浴場営業許可申請がなされた。

(3)  なお、控訴人は本件許可申請に対する被控訴人の許否の決定を待たず、申請後、間もなく旧山野井湯の浴場施設の改修に着手し、被控訴人の再三の警告にもかかわらず修理を完了したが、この改修は旧山野井湯の浴室部分については主柱のみを残し、旧浴場は全くとり除き、新たに建築設置し、一旦破壊された煙突を旧に復し、脱衣場も面目を全く改める等、甚しい改築であつて、旧山野井湯の設備構造とは同一性があるとはいえない。

(4)  以上のとおり、旧山野井湯は、その営業者が全く営業を廃止するに至つており、控訴人は単にその土地建物を転得したものに過ぎず、しかも旧山野井湯廃業後五〇日以上も経た後において本件申請に及んだものである。

(5)  一方倉敷湯は古くより許可を得て公衆浴場として営業されて来たが、控訴人主張の株式会社倉敷旅館に対する昭和三一年二月一日付営業許可の以前は、訴外多田光男が同浴場を所有し営業していた。同人は、従来の個人営業を会社組織による経営に改めることとなり、同人およびその親族等が中心となり昭和三〇年一二月浴場および旅館経営を目的とする株式会社を設立し、同族関係者が株主および役員となり、かつ同人は営業を会社に譲渡すると共にその所有にかかる浴場設備を同会社に賃貸することとした。控訴人主張の昭和三一年一月二一日付倉敷湯の営業許可申請は、このような個人営業を法人組織に改めたための営業主体の交替に伴うものである。

そもそも、公衆浴場法は、公衆衛生の適正を期するために制定せられたもので、公衆浴場について営業免許制を採用したのも公衆衛生上の見地から、ほしいままな営業による弊害を取締る目的を有するにほかならず、同法施行前からの営業者の有する既得の営業権を消滅せしめるものでない(同法附則一三条)ことはもとより、営業の譲渡を禁止したり、無効にしようとするものでもなく、いわんや個人営業を法人組織に改めて営業を継続することを否定するものではない。従つて営業譲渡にともなう旧営業者の廃業および新たに営業をなさんとする者の許可申請が同時になされれば、新申請が営業譲渡によりなされる趣旨である限りは、同法第二条第二項の制限にかかわりなく、これを許可すべきものであり、倉敷湯の前記申請に対する許可はこの趣旨においてなされたものである。ところが控訴人の本件申請は右趣旨を以て許可し得ないものであることはもちろんである。両者はその基礎となるべき前提事実が異るものであるから、何等控訴人に対し裁量権を濫用し、差別の取扱をしたものではない。

(三)  本件不許可処分の取消を求める訴は昭和三六年九月一一日口頭弁論期日においてはじめて提起されたものであるが、右不許可処分に関する控訴人の訴願に対する裁決はすでに昭和三三年三月二五日になされ、その頃書面を以て控訴人に告知されているから、本件取消の訴は出訴期間徒過により不適法なることは明かである。

(四)  右取消の訴は適法な訴願を経ていない点においても不適法である。すなわち本件不許可処分は(1)昭和三二年九月五日、同月八日の二回に亘つて姫路市元塩町一一番地の控訴人宛に送達され、(2)同年同月一一日、一二日、一三日の三回に亘つて同市山野井町六二番地の控訴人宛に送達され、(3)同年同月一三日、一四日の二回に亘つて同市同心町二〇番地の控訴人宛に送達されている。右送達の当時控訴人は姫路市同心町二〇番地もしくは同市元塩町一一番地に居住していたのに、言を左右にしてこの郵便の受領を拒んでいたものであるから、この不許可処分の通告はおそくとも同年九月一五日までに控訴人に到達したと解すべきものである。しかるに控訴人はその後六〇日以上を経過した昭和三三年一月二一日に至つて前記不許可処分の取消を求める旨の訴願を提起したので、同訴願は申立の期間を徒過した不適法なものとして却下された。以上のとおり本訴は適法な訴願を経ていないものである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、控訴人が、昭和三二年五月二三日付書面を以て、被控訴人に対し姫路市山野井六二番地における公衆浴場(山野井湯)の営業許可を申請したところ、被控訴人が同年八月三〇日付で不許可処分をなしたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一、三、九号各証と弁論の全趣旨を綜合すると、右不許可処分の理由は、右山野井湯が既設隣接公衆浴場たる倉敷湯(姫路市小利木町三〇番地所在、訴外株式会社倉敷旅館経営)との最短直線距離が兵庫県公衆浴場法基準条例第二条所定の市における制限距離の二二〇米以内であつて、公衆浴場法第二条第二項の規定による公衆浴場設置の場所が配置の適正を欠くというにあることが認められ、なお成立に争ない乙第三号証および原審(第一回)証人溝口八郎の証言によれば、山野井湯と倉敷湯の間の直線距離は一三五米、検証の結果によれば両者間の道順による距離は約二五〇米であることが認められる。

二、控訴人は右倉敷湯に対する公衆浴場営業許可が、(一)解除条件の成就により、または(二)火災全焼により失効しているから、本件不許可処分は違法であり、無効であると主張するので、これについて順次判断する。

(一)  成立に争ない乙第一号証によると、倉敷湯に対する営業許可は訴外株式会社倉敷旅館の昭和三一年一月一五日付申請に対し、同年二月一一日付でなされ、かつ右許可書には許可の条件と題して、「許可の日より一年以内に釜の構造を送り込み式又は男女別二本差込式に改造すること」という記載があることが認められる。しかしながら、一般に条件という用語は狭義の条件のみならず期限や負担を意味するものとして使用されることが多く、単に右の記載のみを以て、これを許可に附せられた解除条件であると解することはできないし、原審における証人溝口八郎の第一回証言および成立に争ない甲第五号証の一ないし五を綜合すると、兵庫県においては従来から他にも同種の条件を附して公衆浴場営業許可を受けておりながら、期間内にこれを履行しないまゝ営業を継続していた例が多数あり、兵庫県当局もまた必ずしも期限の経過とともに営業許可が失効すると解することなく、猶予期間を与えて更に条件の内容たる浴場施設の改良工事を催告し、これを完成せしめる方針を採つていたことが認められ、このような事情のもとにおいては、右のいわゆる許可の条件は営業許可に附随して、その内容である改造の義務を命じた負担に過ぎず、解除条件ではないと解するのが相当である。原審(第一、二回)証人溝口八郎の証言中、右許可に附せられた条件は解除条件であるとの部分があるが、法律上の意見の陳述であつて採用できない。従つて倉敷湯に対する公衆浴場営業許可は前記改良工事の期限の経過とともに失効したとなし得ないこともちろんである。

(二)  倉敷湯の建物が昭和三二年五月一日火災に罹つたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一、二、原審(第一回)ならびに当審証人溝口八郎(たゞしいずれも後記措信しない部分を除く。)原審証人西門勇作および原審ならびに当審証人多田雪夫の各証言を綜合すると、右火災は補助釜の過熱が原因で発火し、釜場、浴室の天井、浴室周壁の上部、脱衣場の天井の約二割を焼失し、倉敷湯は一時浴場としての機能を停止したが、右焼失部分は浴場施設全体の二分の一を超えず、株式会社倉敷旅館においてはたゞちに修復にかゝり、同年五月末日頃工事完成して、六月から再び浴場営業を再開したこと、および右火災ならびに工事の前後において浴場施設の重要部分は同一であり、従つて浴場施設全体としても同一性を維持していたことを認めることができる。原審(第一回)ならびに当審証人溝口八郎および当審(第一回)証人五十嵐三郎の各証言中倉敷湯の焼失の程度について右認定に反する部分はこれを措信せずその他右認定に反する証拠はない。さて元来公衆浴場営業の許可は、営業の施設が公衆衛生上支障がないものとしてなされるものであるから、営業施設が何らかの原因により滅失し、あるいはまつたくその機能を喪失するに至つたときは許可は当然にその効力を失うものと解すべきであるが、これを前記倉敷湯についていえば、前認定のとおり浴場施設は火災により単に一時その機能を停止したに過ぎず、その施設の重要部分を維持したまゝ、これを修復して浴場としての機能を回復し得る状態にあつたのであるから、いまだ同浴場に対する公衆浴場営業許可はその効力を失うに至らなかつたと解するのが相当である。

右(一)、(二)に説示したとおり、訴外株式会社倉敷旅館に対する公衆浴場営業許可は控訴人主張の各理由によつては失効していないから、これが失効したことを前提とする控訴人の本件不許可処分無効の主張は理由がない。

三、つぎに控訴人は山野井湯が経営者の交替はあつたが、明治年間から引続き存在していた公衆浴場であるから、新しく浴場の土地建物の所有者となつた控訴人の公衆浴場営業許可申請は当然許可せらるべきものであつて、これを不許可とした被控訴人の処分は違法であると主張するのでこれについて判断する。

公衆浴場法施行以前から本件申請にかゝる浴場の所在地に山野井湯という公衆浴場が存在し営業がなされており、その土地建物を控訴人が前所有者から買受けた上で本件許可申請におよんだものであることは当事者間に争がない。しかし当審証人祐尾清次の証言によれば、右山野井湯の近くに白山湯、倉敷湯の各公衆浴場があつて三者は競業の関係にあり、山野井湯は採算があわないので、その所有者であり、同時に白山湯の経営者でもあつた訴外祐尾清次は倉敷湯の経営者と協議の上、山野井湯を廃業することとし、昭和三二年四月一日その旨の届書を提出するとともに、浴場営業に使用しないとの条件附きで山野井湯の土地建物を代金八〇〇、〇〇〇円で訴外辰己某に売渡したところ、これを更に控訴人が買受けたものであることが認められ、これに反する証拠はない。そうして控訴人は右買受にかゝる浴場建物を改修した上(この点は当審証人五十嵐三郎の第一回証言により認められる。)前記祐尾の廃業届より五〇日余を経た同年五月二三日本件申請に及んだのであるが、現に営業を継続している公衆浴場施設を、前営業者よりいわゆる営業譲渡の形で譲受けた場合ならば格別、右認定のような経緯で単にかつて浴場の用に供せられていたことのある建物および敷地を買受けて公衆浴場営業の申請をする者に対してはこれが許否を決する権限を有する県知事としては、これをまつたく新規の公衆浴場営業許可申請として一般の基準に照して許否を決するのは当然であつて、被控訴人が本件申請を処理するに当り、同一個所に旧来山野井湯なる公衆浴場の存したことを顧慮することなく、前認定の理由にもとづき不許可の処分をなしたことには何らこれを無効たらしめるような違法はないといわねばならない。よつてこの点に関する控訴人の主張も採用することができない。

四、つぎに控訴人は、訴外株式会社倉敷旅館の昭和三一年一月五日附の公衆浴場営業許可申請と、控訴人の本件申請とは条件が同一であるのに、被控訴人が前者を許可し、本件申請を不許可としたのは、不公平であり、裁量権の濫用であると主張するので、この点について判断する。

訴外会社の昭和三一年一月一五日附公衆浴場営業許可申請に対し、被控訴人が同年二月一一日許可処分をなしたこと、右申請ならびに許可処分当時、倉敷湯より一三五米の距離に公衆浴場山野井湯の存したことは前叙のとおりであるが、被控訴人は、従前訴外多田光男が倉敷湯を経営していたところ、右個人営業を会社組織による経営に改めることとなり、同人およびその親族等が中心となり、昭和三〇年一二月浴場および旅館経営を目的とする株式会社を設立し、同族関係者が株主および役員となり、かつ同人は営業を会社に譲渡し、昭和三一年一月二一日附を以て訴外会社名義を以て公衆浴場営業許可申請におよんだものであると主張し、控訴人もこれを明らかに争つていない。

さて公衆浴場法は、公衆浴場が多数国民の日常生活に必要欠くべからざる多分に公共性を伴う厚生施設であるところから、その濫立により浴場経営に無用の競争を生じ、その経営を経済的に不合理ならしめ、ひいて浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすことを防止するため、公衆浴場営業を都道府県知事の許可にかゝらしめたものであるが、右都道府県知事の許可を必要とするのは、公衆浴場法施行後に公衆浴場を新設営業しようとする場合のみであつて、同法施行前からの営業者の有する既得の営業権を消滅せしめるものでないことは、同法附則第一三条に明らかなところである。さすれば前記倉敷湯のように個人営業をいわゆる同族会社に改めて営業を継続しようとする場合は、営業名義人の変更にかゝわらず、営業の実体には何らの変更はないと見られるから、右附則第一三条に現された既得の権利の尊重の原則に従い、新名義人から営業許可申請があれば、都道府県知事は当然これを許可すべきものであると解される。従つて被控訴人が右と同一の見解に立ち、訴外株式会社倉敷旅館の公衆浴場営業許可申請に対して許可の処分をなしたことは極めて当然であつて、控訴人の本件申請に対し不許可処分をなしたことと比してその間に何らの不公平な取扱い、あるいは裁量権の不当行使と見るべき点は存せず、この点についても本件不許可処分を無効たらしめるような違法事由を見出すことができない。

五、結局被控訴人のなした本件不許可処分には控訴人主張のような無効の原因たる瑕疵が存しないから、控訴人の本件請求は失当であり、これを棄却した原判決は正当である。

六、控訴人は本件不許可処分の無効確認が認容されない場合にそなえて、その取消をも求めているのでこの点について検討する。成立に争ない乙第九、一〇号証および同一一号証の一、二によれば、本件不許可処分の通知書は昭和三二年八月三一日附を以て作成され、同年九月四日姫路市保健所主事溝口八郎ほか一名がこれを同市元塩町一一番地に持参し控訴人に交付しようとしたところ、控訴人は在宅中であつたが、控訴人の三男五十嵐三郎の妻により控訴人病臥中の故を以て受領を拒絶せられ、さらに同月四日同所に宛て、同月一二日住民簿および米穀配給台帳上の控訴人の住所である同市同心町二〇番地に宛て、同月一〇日および二七日前記山野井湯の所在地である同市山野井町六二番地に宛て、いずれも書留郵便を以て控訴人宛にて発送されたが、いずれも転居先不明、あるいは不在等の理由を以て受領されるに至らなかつたことを認めることができる。しかしながら成立に争ない乙第一二号証によれば同年九月二日姫路市保健所よりの電話連絡により控訴人方使用人井上某を経て前記五十嵐三郎(当審証人五十嵐三郎の第一、二回証言によれば、山野井湯の事実上の経営者は同人であつて、本件許可申請に関する一切の手続も控訴人名義で同人がなして来たものであることが認められる。)に対し本件不許可処分のあつたことが通知されたことが認められるので、控訴人が前認定のように処分書の受領を拒絶したのは、その内容が控訴人の営業許可申請に対する不許可であることを熟知していたからにほかならないことを察するに十分である。当審証人五十嵐三郎の第一、二回証言中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右する証拠はない。そうすると本件不許可処分は前記溝口八郎ほか一名が控訴人によつて処分書の受領を拒否された昭和三二年九月四日に送達を了したと同視すべき筋合であり、これによつて訴願期間は進行を開始したものといわねばならない。しかるに成立に争ない乙第一三号証によれば、控訴人は昭和三三年一月二一日本件不許可処分に関する訴願を厚生大臣宛提起し、同訴願は同年三月二五日訴願期間後に提起された故を以て却下されたことが明らかであつて、控訴人の右訴願は当裁判所の前認定によつても期間徒過後になされた不適法なものであるといわざるを得ないから、右裁決は正当である。そうすると本件取消の訴は訴願法第一条第三号により訴願をなしうる場合であるのに、適法な訴願を経ていない点で不適法であつて却下を免れない。なお控訴人は訴願提起の期間を徒過したことについて宥恕さるべき正当な事由があつたと主張するが、全証拠によつてもかゝる事由の存在を認めることができないから、控訴人の右主張は採用することができない。

七、よつて本件控訴はこれを棄却し、本件不許可処分取消の訴はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 石川義夫)

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